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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7981号 判決

事実

原告は、被告千代田電工株式会社が訴外木村晴彦にあてて振り出した金額五十万円の約束手形を右訴外人より白地裏書を受け現にその所持人であるが、満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、原告は被告に対し右手形金及びこれに対する利息の支払を求めると述べ、被告の抗弁に対して、被告主張の事実中、原告が被告を害することを知つて本件手形を取得したことは否認する。原告は昭和三十年始め頃訴外木村晴彦に対して貸金債権を有していたので、その弁済のために当時右訴外人が所持していた同人宛被告振出の約束手形を取得した。その後右手形は、訴外木村晴彦の請求によつて一カ月ごとに書き替えられ、被告は書替の都度右訴外人に利息を支払つて来たようであるが、原告は、本件手形が訴外木村晴彦と被告との間のどんな関係から振り出されたかについては一切関知するところがなかつた。仮りに被告がその主張のような利息を支払つたことがあつたとしても、それは任意に支払われたものであるから、被告においてその返還を請求し、または元金への弁済充当を主張することは許されないと述べた。

被告千代田電工株式会社は、原告は本件手形の振出人である被告を害することを知りつつ本件手形を取得したものである。すなわち、本件手形は、被告が昭和二十八年七、八月頃訴外木村晴彦から金五十万円を借り受けたについて、右借受金債務の弁済のために振り出した約束手形を何回かに亘つて書き替えて来た最後のものである。被告が右のとおり金五十万円を借り受けるに当つて、訴外木村晴彦は、当時施行されていた利息制限法の定める利率を超えて月一割の利息金五万円を天引きした。従つて被告と訴外木村晴彦との間には、右天引利息中年一割の割合で算出した金四千百六十六円を超える金四万五千八百三十四円を約定元金額から差し引いた残金四十五万四千百六十六円の範囲で消費貸借契約が成立したにすぎない。ところで昭和二九年六月一五日からは昭和二九年法律第百号利息制限法が施行されることになつたのであるが、その施行以後本件手形振出当時までに被告が訴外木村晴彦に支払つた利息は合計金三十万七百十円となるところ、同法に規定する利息の最高利率によつて訴外木村晴彦が被告から支払を受け得る利息は金十一万五千七百七十円に過ぎないのであるから、両者の差額金十八万四千九百四十円は当然元金の弁済に充てられるべきである。そこで右金額を前述の消費貸借契約による正当な元金額である金四十五万四千百六十六円から差し引いた残金二十六万九千二百二十六円の限度で被告は訴外木村晴彦に対して借受金を返還し、且つ本件手形の支払に任ずべきものであつた。ところで訴外木村晴彦と被告との間の前記消費貸借契約にかかる金員は原告が支出したものであつたので、原告は訴外木村晴彦から本件手形の裏書を受けたのであるが、上述したように、原告は本件手形の振出に至るまでのいきさつを熟知していたものであるから、原告の被告に対する本訴請求は、前示金二十六万九千二百二十六円を超える部分については失当であると述べた。

理由

証拠を総合すれば、被告千代田電工株式会社が訴外木村晴彦宛に本件手形を振り出し、原告が訴外木村晴彦からその裏書を受けるに至つたいきさつは次のとおりであつたことが認められる。すなわち、被告会社は昭和二八年八月頃訴外木村晴彦から金五十万円を借り受けるため金五十万円の約束手形を右訴外人に振り出したが、月一割の利率で一カ月分の利息金五万円を天引されたため、現実には金四十五万円を受け取つたに過ぎなかつた。その後被告は一カ月ごとに利息を支払つて手形を書き替えて来た。一方訴外木村晴彦は、かねて原告から金七十万円を借り受けていたので、その弁済のために昭和三一年二月頃、当時被告から振出を受けて所持していた約束手形を原告に裏書した。その頃被告会社の営業が不振となつたので、原告は被告会社経理係員より右手形の呈示をしばらく猶予して貰いたいと懇請され、その後も右手形は、被告会社によつて、その受取人である訴外木村晴彦宛の約束手形に、一カ月ごとに利息を原告に支払うことによつて書き替えられていたが、その最後の書替手形が本件手形に当るのである。

以上のとおり認められるのであつて、叙上設定事実に基いて考えると、訴外木村晴彦が被告会社に貸付金を交付するに際して天引した月一割の利率による利息金五万円のうち制限利率を超える部分については、消費貸借契約が成立しなかつたものというべきところ、それにも拘らずその後訴外木村晴彦が手形書替の都度受け取つた利息は、同人と被告会社との間に元金五十万円について消費貸借契約が成立したことを前提としたのである。

而して原告は、本件手形の裏書を受ける以前既に昭和三〇年二月頃、当時訴外木村晴彦が被告から振出を受けて所持していた約束手形を訴外木村晴彦から裏書により取得し、その後は原告が被告会社から利息を受け取つて一カ月ごとに右手形を従来どおり訴外木村晴彦宛の約束手形に書き替えさせていたことが認められるけれども、他の証拠によると、被告会社は上述の利息をいずれも任意に原告に支払つたものであることが認められるから、右各利息中制限利率を超える部分が本件手形金の一部弁済に充当されるべき理由はないものといわなければならない。

而も、原告が訴外木村晴彦と被告会社間における本件手形の振出に至るまでの事情を知りつつ、本件手形を右訴外人から裏書により取得したことを認め得る証拠はない。従つて原告は本件手形の書替前における各約束手形のいわゆる善意の取得者であるといわなければならない。

してみると原告は、本件手形につき、手形金全額について被告に支払の請求をなし得るものであるから、被告の抗弁はすべて採用できないとして、原告の請求を正当と認容した。

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